ソーシャル・ネットワーク デヴィッド・フィンチャー監督




映画・『ソーシャル・ネットワーク』の監督を勤めたのは、世界的な有名監督であるデヴィッド・フィンチャー

ライフ誌の支局長である父に育てられ、カリフォルニア州マリン郡で育ち、10代の時にオレゴン州に移り、18歳で8mmカメラを用いて映画製作を始める。

1980年に米国にある特殊効果や視覚効果を製作しているインダストリアル・ライト&マジック(ILM(アイエルエム)もしくはI.L.M.と略される)のアニメーターとして働きはじめ、1984年まで所属した。

1985年にフィンチャーは、American Cancer Societyにコマーシャルとして胎児が喫煙しているものを創ったが、それがきっかけとなりドキュメンタリーを監督する機会を与えられた。

1986年、ビデオ製作会社"Propaganda Films"を設立。マドンナ、ジョージ・マイケル、エアロスミス、ローリング・ストーンズなどのミュージックビデオや、コンバース、ナイキ、ペプシ、ソニー、リーバイスなどの数多くのCMを手掛けました。

ミュージックビデオで評価を得たフィンチャーは、1992年に『エイリアン3』(Alien 3)で映画監督デビュー。

『エイリアン3』は特殊効果初監督作品としてオスカーにノミネートされたが、ストーリーがあまりにも暗く、興行的にも内容的にも失敗作とされた。(その後に発売されたディレクターズ・カット版でエイリアン3は再評価される事となる)

その後、フィンチャーは七つの大罪をアイデアに入れたサイコ・サスペンス映画『セブン』(Seven)で、大ブレイクを果たす。

この映画に出演したのは人気役者のブラッド・ピットと名優のモーガン・フリーマンのコンビであったし、当時ブラッドの交際相手であったグゥイネス・パルトロウにケビン・スペイシーまで出演といった、錚々たる顔ぶれであったが、観客が何よりも気に入ったのはセブンの世界=フィンチャーの撮った暗いシーンの連続と、ストーリーラインの良さからであった。

フィンチャーはショーン・ペンとマイケル・ダグラスによる人生のロールプレイングゲーム映画・『ゲーム』(The Game)を撮り、評論家達から高評価を得て、再びブラッド・ピットと組んだ『ファイト・クラブ』(Fight Club)を撮る事になる。

『ファイト・クラブ』ではエドワード・ノートンとブラッド・ピットを組ませ、男臭い映画として観客を魅了、興行的にも成功し、これによってフィンチャーは映画監督として世界中から認知を得る事になる。

ジョディー・フォスターが大ハマリ役とされていたクラリス・スターリング役を蹴ってまで出演した『パニック・ルーム』(Panic Room)もフィンチャーの作品だが、『パニック・ルーム』や、その後にジェイク・ギレンホールを主役として迎えたゾディアック(Zodiac)は興行的には失敗とされた。(世界的にみるとZodiacは成功しているとされている)

再度ブラッド・ピットを迎えた2008年の作品・『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(The Curious Case of Benjamin Button)では、アカデミー監督賞にノミネートされるなど、映画としての評価も高かったが受賞には至らず。

今作『ソーシャル・ネットワーク』は評論家達から絶賛され、映画評価サイトとして定評のあるRotten Tomatoesでは97%という高いスコアだ。

フィンチャーの次回作は『ドラゴンタトゥーの女』(The Girl with the Dragon Tattoo)。色味を抑えた暗めの画が特徴のフィンチャー画だが、これからも彼の作品には大いに期待したい。
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